君と別れた日。 それは、あの日ではなかったんだよ。 +++僕が君と別れた日+++ 「ねぇ海之。」 「ん?どうしたエビル?」 いつも通っている慣れた道。いつも海之の仕事の帰りに通っていた。南の方から吹いてくる夜風は生暖かい。そろそろ初夏というより夏といった方が相応しい時期になるのだろう。 俺はいつも海之の隣にいた。いると言っても、隣でぷかぷか浮いているだけなのだけれど。しかしそれも仕方がない。俺は人間ではないのだから。 「あのさ」 「?」 「どうして、俺と契約した?」 「……ああ。」 俺が初めて海之と会った日は、海之にとっては最悪な日だったのだろう。目の前で親友が殺されてしまったから。何故海之の親友が殺され、海之がライダーになったのかを俺は知っている。その時、俺は全てを見ていたから。きっと海之はそれを知らない。俺も知らない振りをして海之と一緒にいる。 なんて、卑怯なんだろう。 「確かあの日は…まあ、色々あったし。」 「色々?」 「ああ。色々だ。」 本当は今でも思い出すだけで辛いだろうに。俺は何も言えなかった。 「…で、何故?俺よりももっと強いモンスターなんて沢山いたのに。」 「お前が、側にいてくれたから。」 …え? 俺は一瞬自分の耳を疑った。 「ど…どういう意味?」 「お前、ずっといただろう?雄一がああなった時。」 不覚だった。今までずっと海之は俺が見ていたのを知らないと思っていた。俺はただ正直に返事するしかなかった。 「………あ、うん。そうだけど。」 「その時、ガルドサンダーを雄一から離そうとしていたのを、知っているから。」 思い出した。確かあの時… ――――……っ!! ガラスを隔てた向こうに、2人の人影が見えた。一人は腕に包帯をつけている。 ―――……! ―――……!………!! 何を言っているかは分からなかった。だけど大体の予測は付いた。ピアノの上には、カードデッキが置いてある。どうやらまだ誰とも契約をしていないようだ。可哀想に。早く契約しないと喰われてしまう。 ―――…! ―――……!! どうやらもう1人の方はライダーの戦いをしないように説得しているようだ。 しかしもうどうにもならないだろう。デッキを手にしてから、その人の運命は決まってしまうから。 …生きるか、死ぬかだ。 ―――……… と、突然、背後に何かの気配がした。後ろを振り返って驚いた。ガルドサンダーだ。 『何をしている?エビルダイバー。』 『……いや、何でもない。』 『喰わないのか?上等な獲物だぞ。』 『今はそんな気分ではないし、無駄な戦いはしたくない。』 『じゃあ、俺が狩っても良いんだな?』 そのままガルドサンダーは、2人の所へ歩み寄った。 ―――…… ―――……! 俺には関係ない。 ―――………。 ―――… 関係ない。 ―――……! ―――………!!! 関係ない。 ―――…………… だけど。 『ガルドサンダー!!やめてくれ!!』 気付いたら、俺はガルドサンダーの腕を掴んでいた。掴んだと言っても、当時の俺はまだ人型にはなれなかったから、尾で腕に絡みついたという所か。 『……は?』 『お願いだから…今回だけは見逃してくれ…』 『…お前らしいな。だが…』 そのまま、ガルドサンダーは俺を跳ね除けた。飛ばされた衝撃で、壁に体を強かにぶつけてしまった。……強い。 『これは、俺の獲物だ。』 『……か………はっ…』 くそっ、呼吸ができない。 それでも、俺はガルドサンダーに食って掛かった。 『お…願い……だから…っ!!』 『変わった奴だな、お前も。』 あっさりと、倒されてしまった。俺はこんなにも弱かったのか。 『別にこいつらの誰とも契約していないんだろ?だったら関係はないはずだ。』 『そうだ……っ!!でも…』 俺にも分からなかった。何故俺はこの2人を守ろうとしているのか。 『…邪魔だ。』 最後の1発。俺は飛ばされた。 薄れゆく記憶の中、最後に見たものは、ガルドサンダーがピアノの方へ姿を消す瞬間だった。 「そして、お前は俺の所に来た。」 海之は俺の方を見て微笑んだ。 「……そうだ。」 俺は海之の顔をしっかり見ることができなかった。 「ごめん、親友の事守れなくて。」 「良いんだ、エビル。」 公園の前に通りかかった。海之が「ちょっと寄って行こう。」と言ったので、そのまま中へ入っていった。 「多分、本当は俺がライダーになるべきだったのだろう。」 「何故そう思う?」 ベンチに座った海之の後ろで、俺がぷかぷかと浮く。海之の背中は、少し物悲しげだった。 「お前は、ずっと俺たちの事を守ろうとしていたんだろう?」 「…ああ。」 「もしお前が其処で守ってくれなければ、今頃俺も此処にはいなかっただろう。」 「え?」 話を聞いて驚いた。海之の話によれば、ガルドサンダーは海之の親友を襲った時に、何処か傷を負っていたようだったらしい。闇雲に突っ込んでいった時の電流が効いたのか。そして親友だけを中に入れて、そのまま帰ったというのだ。おかしいと思った。ガルドサンダーは、いつもなら狙った獲物は全て殺すというのに。 「そう…なんだ…」 俺は何だか複雑な気持ちになった。 「だから」 海之は一息ついてから一気に言った。 「俺は、エビルに感謝しているし、エビルと会えて良かった。」 「海之…」 強がりを言ってる。 やっぱり、海之の背中は寂しげだった。 俺は、一瞬躊躇ったけれど、その背中を包み込んだ。背中の布がふわふわと海之の周りを巡る。 「ごめん、ごめん…」 「どうして謝るんだエビル?お前は守ってくれただろう…?」 「だって…」 何だかやりきれない気持ち。こんな気持ちになったのは初めてだった。 「ごめん……」 こみ上げてくるものを抑えるのが精一杯だった。ただ謝る声だけが公園に響いた。 「エビル…」 海之はそっと俺の頭を撫でた。顔は見えない。でも微笑んでいる気配はした。 「有難う。」 何だか海之がそのまま消えてしまいそうで、俺は腕に力を込めた。腕の中で「苦しいよ、エビル。」という声がしたので、あわててその力を緩めた。 「海之…」 「ん?」 「俺達、いつまでも一緒だよな…?」 「…ああ。」 俺はただ「いつも」がいつまでも「いつも」であって欲しかった。 毎朝海之よりも早く起きて朝食を作る。トーストが焼けた頃に海之が起きてくる。2人で朝食を食べる。海之の仕事(といっても街中での占いだが)に付いていく。ライダーの戦いをする。家に帰る。夕食を食べる。そして、寝る。 俺はそれだけを望んでいた。 「いつまでも……」 「そうだ。」 俺はいつまでもこうしていたかった。海之がそう言っても、何だか嫌な予感がしたから。 ――――――海之が……。 「海之……」 俺の占いが……やっと…外れる………… 「海之。」 「ごめん。」 「嘘つき。」 俺の目の前にいつものように海之がいる。でも「いつも」ではない。 海之は薄色の羽衣を纏っていた。 「どうして。」 「ただ、占いを外したかったんだ。」 「占いが当たるって、良い事だろう?」 「いや、良くない。」 「じゃあ、どうして約束を破った?」 「ごめん。」 2度目だ。 「これしか、方法がなかったんだ。」 「嘘だっ!他にもあったはずだっっ!!」 「ごめん、エビル。」 海之が悲しそうな顔になった。俺も悲しい。 「さあ、お前もそろそろ行かなければならないだろう?」 「嫌だっ!!」 俺は海之の腕を掴もうとした。しかし、その手は海之の腕をすり抜けてしまった。 「海之……」 「エビル、本当に、今まで有難う。」 「海之は、悲しくないのか?」 やばい。今まで堪えていたものが一気にこみ上げてきた。 今の俺の顔は、物凄く格好悪いだろう。涙で顔がぐちゃぐちゃになっている。 「…悲しいさ。」 「じゃあ何故!?」 「これは、俺が選んだ道だから。」 「道…」 「そうだ、初めて、運命を変えたんだ。」 そういえば、前に海之が「運命を変えたい。」と言っていたっけ。今頃思い出してしまった。そしてあの夜の事も。 「…俺達が出会ったのも、運命だったのかな……?」 「分からない。」 「俺と出会って運命は変わった?」 「ああ。」 「……良かった。」 俺はできる限りの笑顔を出してみた。海之の驚いたような顔が見える。 「海之が望んでいる事ができたのなら、それが俺の幸せだから。」 「エビル…」 「それが、“契約者”と“モンスター”の関係だよな?」 「……そうだよな。」 海之はまた微笑んで見せた。今度は悲しげではない。 「俺は、お前が望んでいた事ができたか?」 「……」 俺はゆっくり頷いた。 「海之に会えた事が、俺の望んでいた事だ。」 今なら分かる。あの時、海之と初めて会った日、俺は海之に強く惹かれていたのだ。海之と契約する事が、俺の『運命』であり、俺が『望んでいた事』だったのだろう。 「良かった、エビル。」 「ああ…」 突然、海之の体が光り始めた。海之の輪郭が、際立って見える。 「そろそろ行かなくてはならないようだ。」 「……そう。」 とうとう別れなければならないのか。一度は止まったはずの涙が、また流れ始めようとしている。最期位は笑顔で別れたいのに。 「海之。有難う。」 「こっちもだ、エビル。」 海之が手を伸ばす。俺がそれを受け取る。不思議な事にしっかりと握る事ができた。 「本当に……有難う…」 堪えていた筈なのに、涙がこぼれた。それを見て,海之が俺の涙を拭う。 「お前と会えて、良かった……」 最後の方は聞き取り難かった。海之の体はどんどん光に包まれていく。 「エビル……」 海之の口が言葉を作った。しかし、それを聞く事ができなかった。 でも俺には分かった。 海之の体はどんどん光に包まれて、やがて光の玉になった。そのままそれは、空気に溶けるように消えていった。 「………海之ぃ…」 もう涙は止まらなかった。俺はずっと泣いていた。 …… 「…お前が、エビルダイバーか。」 後ろから声がした。 海之と別れて数日。俺はただ何もする事がなく、ミラーワールドの中にいた。 俺に声をかけた者。金色の癖のある髪。その髪と同じ色に燃える瞳。紫の服。その顔は…。 「……ベノスネーカー?」 ベノスネーカー。仮面ライダー王蛇=浅倉威の契約モンスター。浅倉は…… ………海之を、殺した男。 「…何の用だ?」 「威が、お前を待っている。」 後ろを振り返った。そこにいたのはまさしく、浅倉だった。 「浅倉………っ!!」 とにかく許せなかった。海之を殺した浅倉が。 俺は思いのままエビルウィップを手に浅倉に突っ込んでいった。しかし、呆気なくベノスネーカーに押さえ込まれてしまった。 「放せ…っ!!」 「やめとけ。」 許せない。許せない。 「どうして…っ!!どうしてお前は海之を殺したっ!!!」 「それは、あいつが望んでいたからだ。」 数メートル向こうで、浅倉が不気味な笑みを浮かべた。「望んでいた」という言葉に、俺ははっとなった。 「何故…お前が知っている……?」 「はっ!さあな…」 浅倉のそんな態度が許せなかった。お前が、お前が海之を…… 「お前……!」 「あいつには何も通じない。」 ベノスネーカーの声がした。 「あいつは、人を殺しても、何とも思わないんだ。」 「……」 「狂人だ。」 俺は言葉を失った。力が抜けてその場に座り込んでしまった。手からエビルウィップが落ちる。 「お前があいつを許せないのは分かる。」 「じゃあ……」 「このままお前が反抗したら、お前はあいつに殺されるだろう。」 あの海之さえも殺された。俺だってすぐに…。 「俺は殺したくない。」 「……」 物凄い脱力感に包まれた。 「……おい。」 そんな俺を見て、浅倉は笑いながら近づいてきた。 「お前、俺と契約をしろ。」 「……!」 信じられなかった。自分の大切な人を殺した者と、契約だなんて… 「……嫌…だ…っ」 「ほう……じゃあこれならどうだ?」 浅倉が出したもの、それは「封印」のカードだった。それが俺の前に掲げられた瞬間、体が自由に動かなくなった。 「……っ!」 このまま舌を噛み切ってしまおうかと思った。しかし、それさえも自由にならない。 「…嫌……っ!」 「フン」 俺の体が、淡く光りだす。それはやがて体全体を包み込んだ。 「……や…めろ……」 浅倉は何も言わず、ただ「封印」のカードを前に掲げていた。光はやがて、少しずつカードに吸い込まれていった。 「…あ……」 やがて、全ての光がカードに吸い込まれた。それを見届けると、浅倉はカードを下ろした。そのカードには「EVILDIVER」とワインレッドのエイが描かれていた。それは契約完了を示しているのだった。 浅倉はそのカードを見ると、満足げにその場を去っていった。俺は体に力が入らなくて、その場に倒れこんだ。 「大丈夫か?」 ベノスネーカーが、俺の顔を覗き込んだ。 「……はっ………はぁ…」 呼吸をするだけで精一杯だった。契約とはこんなにも辛いものだったのだろうか。 「まあ…よろしくな。」 ベノスネーカーは俺に手を差し出した。俺はその手を受け取らずに、ベノスネーカーを睨みつけた。 「ん…やっぱり…抵抗あるよな……威と契約するのは。」 「当たり前だろ…」 俺はただ現実を受け止められずにいた。全てが夢であって欲しかった。 「……どうして…」 どうして、浅倉は俺と契約したのだろうか。俺に何かがあったから?それともただ力を欲しているだけ? 「………どうして…っ」 浅倉が俺と契約した理由を知りたかった。でも、浅倉の事を考えたくはなかった。矛盾が、頭の中を駆けていく。 「………っ」 果たして、海之は許してくれるのだろうか。俺が浅倉と契約した事に。 これが御伽噺なら、ここで海之が現れて、何か良い事でも言ってくれそうだ。しかしやはり現実。答えは自分で探す他はないようだった。 「…ほら、行くぞ。」 ベノスネーカーは俺を引っ張り上げた。その力に、なぜか自分の非力さを感じてしまった。 「……ああ。」 もう俺に道は残っていないのか。 俺は、ベノスネーカーに引っ張られながら、浅倉の方へと向かった。 ねぇ海之。 海之は、結局ずっと側にいてくれなかった。 でも、なんとなくそうなるだろうとは思った。 海之は、いつも自分の身を犠牲にするから。 あの時だってそうだった。 あれは、城戸を守る為にやったんだよね。 自分がみた未来を、変える為に。 運命は変えられるって教えてくれたのは、海之だった。 じゃあ。 俺の運命も変えられるよね。 道は残っていなくても、自分で道を開く事はできるよね。 ねえ。 海之。 浅倉が死んだ。 全てのライダーが死んだ。 ベノスネーカーも、メタルゲラスも、いや、ドラグレッダーやダークウィングだって、全てのモンスターは自由になった。自由と引き換えに、俺達に“存在”というものがなくなった。神崎士郎がミラーワールドを「なかったもの」にしたからだった。 俺達は、今でも鏡越しに外界を見ている。でも、俺達はもう外界には出られないし、外界の人間は俺たちを見ることができない。たとえ、それがライダーだとしても。 いや、“ライダー”もいなくなった。「ライダーの戦い」というものがこの世界になかったように“運命”を変えたのも、神崎士郎だった。 死んだはずのライダーは、何事もなかったように外界で生活している。俺達との記憶は、何もない。 今、俺の向かいには「いつも」のように海之が占い屋を開いている。あの隣は、俺の定位置だった。海之は、客寄せするわけでもなく、ただじっと座っていた。あの時と何の変わりもない。 「海之。」 聞こえない筈なのに、俺はその名前を呼んだ。 「海之。」 「海之。」 「海之。」 「海之。」 海之が望んでいたように、運命は変わった。俺の運命だって変わった。筈だ。 海之が気付いてくれるかと淡い期待を持ったが、やっぱり駄目だった。 でも、海之にはこっちの運命の方が良い。少なからず命の危機というものはないだろうから。海之は只でさえ自分の命を粗末にする。まあ、それが良い所とも言えるけど。 「海之。」 これで、良いんだ。 今日で、海之と会うのは、やめよう。 俺は、踵を返して歩き始めた。 もう、海之の前に姿を見せることはなかった。 今日が、本当に君と別れた日。 †―――――――――――――――――――――――――――† テスト期間中に書き上げました(ぉぃ) いや、テスト中時間余った時の妄想の集大成です;; 因みに私の中の設定では、死んだ人は薄色の羽衣を着けている事になっています。 (落書きの所の海之さん参照) それにしても。 これで留年したらどうしよう……(油汗) ……どうにでもなれ!(現実逃避するな、自分) |
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