+++身代わり+++


 秀一から呼び出されたのはまだ夜が明けない頃。時計を見たら三時半だった。
「ねえちょっと、聞こえてるでしょ?マグナギガ。」
 モンスターだって夜には寝る。俺はもう少しで閉じてしまいそうな目を擦りながら、鏡の向こうの世界から秀一の部屋へと向かった。
「……何、こんな夜中に…?」
「しっ。吾郎ちゃんに聞こえちゃうでしょ?」
 どうやらあの秘書には内緒の話らしい。流石にこんな夜まで、起きている訳がないだろう。きっと秀一もそれを見越して俺を呼んだはずだ。
「あのさ、頼みがあるんだけど…」
「?」
 秀一は珍しく俺の顔の高さまで手を挙げ、その手の平同士をくっつけた。所謂「お願い」のポーズだ。
「明日、俺になっていてくれない?」
「―――――…は?」
 秀一には悪いが、意味がさっぱり分からない。
「どういう事なんだ…?」
「明日さ、ちょっと色々とやらなきゃいけない事があって…」
 そのときの話を整理するとこうだ。明日、秀一はどうしてもやらなければならない事(結局何なのかは教えては貰えなかったが)があり、それは秘書には絶対に秘密の事なのだそうだ。それに…
「最近、前みたいに調子が芳しくなくって。」
「それは…しょうがないって。」
「そうだけどさ……でも、吾郎ちゃんにとやかく言われたくないからさ。煩いんだよね、ああいうの。」
 要は心配をかけたくないって事。
 秀一は隠していたのだろうけど、俺は見ていた。秘書と話している時に不意に咳き込む秀一。それを見て駆け寄る秘書。「大丈夫」と慌てて手を後ろに回す秀一。その時秀一の手の平に、赤い血が付いていた事を。
 きっと、病気は本人が思ったよりも進行しているようだった。不治の病だから、良くなる事はない事位分かっている。普通ならこういうのも諦めて生活しているはず。でも、秀一はライダーなのだ。生き残る前に死んでしまえば、元も子もない。
「だからさ、こっそり病院に行って少しは楽にしてもらおうと思った訳よ。」
「分かった……でも大丈夫なのか?」
 本題は、俺が秀一の代わりになるという事。
「大丈夫よマグナギガ。お前、俺にそっくりだもの。」
 確かに俺と秀一は似ている。
「大丈夫だって。じゃ、頼むね。」
 そう言うと秀一は服を着替え始めた。
「頼むって……今から行くのか?」
「しょうがないよ、早くしないと吾郎ちゃん起きてきちゃうし。」
 時計を見ると、針はもう四時半を指していた。いつも秘書は五時頃に起きてくるだろうか。そういえば此処まで行くのに、何度秀一の話は道に逸れただろう。
「じゃ、よろしく。」
 玄関まで送ると、秀一は俺の方をぽん、と叩いた。
「…頑張ってみるよ。」
 秀一は手を振ると、玄関のドアを閉めた。そして家の中にいる者に悟られないように、溜息をついた。

「おはようございます、先生。」
「あ…おはよう。」
 時間は八時頃。大体秀一が普段起きてくる時間に合わせてテーブルに向かった。
 服は勿論、ダブルのブランドスーツ。長めの髪は結ってスーツの襟元から中に入れてしまった。これでじっと見ない限りはばれる事はないだろう。目には秀一が用意したカラーコンタクト。いつの間にこんなものを準備していたのだろう。
 背丈も顔も声までもそっくりな俺達。後は「いつもの秀一」のように振舞えば、どうにかなるか。
「先生、昨日はよく寝られましたか?」
「ああ、うん。」
 嘘。本当はあの時起こされて以来、ずっと寝られなかった。準備等でなかなか寝る暇がなかったからだ。
「朝食ができました。どうぞ。」
「いただきます。」
 俺に(俺達モンスターに)とって人間の食べ物を食べる機会等殆どない。別に食べられないという訳ではないが、モンスターや人間を食べる方がもっと合理的なのだ。
 俺はいつも秀一がやる様に、ナイフとフォークを取り出した。慣れないたどたどしい手つき。果たして秘書にばれないだろうか。良かった。こっちを見ていない。
 そのまま料理を口に運んだ。―――思っていたよりも美味しい。流石秀一が毎日飽きもせず食べる料理だけの事はある。
「美味しいよ、吾郎ちゃん。流石毎日作っている事だけあるね。」
「有難うございます。」
 俺はそのまま次々と料理を口に運んだ。皿の上には、すぐに食べ物がなくなった。
 朝食を食べ終わり、それなりの身支度も終えてのんびりとしていると、秘書が俺の元にやってきた。
「今日は午前十時から○○商事の会長との会合があります。それから二時に……」
 秀一は毎日こんな仕事をこなしていたのか。ちょっと感心。
「今日の帰りは何時頃になるでしょうか。」
「ちょっと分からないな。終わったら電話するよ。」
「はい、分かりました。」
 十時からか……。確かあの時『十時からだから九時半には此処出てよ。』と秀一が言っていたか。
 九時半まであと一時間ある。それまではゆっくりしていようか。
 俺はそのまま深く椅子に腰掛けた。

「ただいまー。」
「おかえりなさい。」
 俺を迎えに秘書が出てくる。
 時間はもう夜の七時。あの社長婦人が自分の旦那の目を盗んで俺に言い寄ってきて、それを断るのに必死になったから思ったよりも時間がかかってしまった。秀一は毎日こんな目に遭っているのか。俺はもう勘弁。
「先生、何故電話してくれなかったのですか。」
 まずい。
「い…いや、電波が悪かったんだよ。だからって公衆電話使うのも何だかなと思って。ごめんよ、吾郎ちゃん。」
 まさか生まれて初めて携帯電話を持ったなぞ言える訳がない。実際大量のボタンを前に、唖然としてしまった。
「そうですか…」
 秘書はそう言うと目を離そうとせずにじっと俺の顔を見続けた。俺は思わず後すざりをする。
「な……何よ、吾郎ちゃん。」
「…もう、止めにしません?」
 突然突拍子もない台詞。
「…何を?」
「ねぇ…先生。……いや、マグナギガ。」
 俺の変装は、しっかりとばれていた様だった。

「何故こんな事をしたんだ?」
「それは……」
 すっかり変装を見破られた俺はこれ以上の悪あがきも意味がないと思い、髪を下ろし、カラーコンタクトを外した。ワイシャツとスラックスという出で立ち以外は、すっかり「秀一」ではなく「マグナギガ」だ。
「それより、何処で俺の変装を見破った?」
「それは…朝からだ。」
 完敗だ。俺はがくっと肩を落とした。
「…で、先生は何処だ?」
「それは…」
 秀一の携帯は俺が預かっているから、連絡が取れる筈がない。俺自身秀一の行き先は病院しか知らないのだ。
「…まったく、先生は……」
 秘書の大きな溜息。
 その気持ちは俺も一緒だった。

 ミラーワールドから覗く緑の身体。秀一だ。俺は秘書の目を逃れてこっそりと鏡の向こうへ向かった。
 案の定ミラーワールドの中には、秀一―ゾルダがいた。
「で、上手くやってくれた?」
「それが……」
 俺は今までの経緯を全て話した。
「やっぱりね…流石、吾郎ちゃんだ。」
 秀一はさも可笑しそうに笑った。
「でも、目的は向こうにばれてないから。」
「あ、そう?あー良かった。お疲れ様、マグナギガ。」
 俺の頭をぽんと叩く。
「じゃ、戻ろうか。」
「ああ。」
 俺達は鏡へと向かった。

「たっだいまー!」
 妙に元気な声で秀一はドアを開けた。案の定ドアのすぐ前には、秘書。
「先生……どこ行っていたんですか。」
「え?……まあ、座ってよ吾郎ちゃん。」
 不満そうな秘書の背中を押して、奥へと行く。
 俺はソファーに座って二人の様子を見る。
「だから、先生………」
「ごめんね、吾郎ちゃん。」
 秘書を無理矢理食卓のテーブルに座らせると、秀一は秘書と向かい合うように座った。
「あのさ、コレ。」
 秀一がスーツの懐に手を差し入れ、暫くがさごそとやる。
 そして出てきたのは、なにやら小さい包み。
「吾郎ちゃん、コレあげる。」
「……?」
 秘書がその包みを解くと、中から黒の箱が出てきた。不思議そうな顔でそれを開けると、中からシルバーのリング。
「これは……」
「吾郎ちゃんが俺の所に来た日もう過ぎてたの、すっかり忘れててさ。ごめんね。」
「先生……」
 秘書は箱から指輪を取り出し、掲げてみる。
「…有難うございます。」
 秀一は凄く満足そうな顔で、指輪と秘書を見つめていた。
「これ以上俺は邪魔者かな…」
 俺は二人の側から離れ、一人鏡の中へと戻った。

「おーい、まーぐーなーぎーがー?」
 鏡の外から聞こえてくる、聞き慣れた声。
 俺は黙ってその主の所へと向かった。
 鏡の外にいたのは、やはり秀一。風呂上りなのか、ほかほかと湯気を上げている。
「あ、良かったー。もう寝ていたのかと思ったよ。」
「…いや?それより、『アレ』が理由だったんだな。」
 俺が「身代わり」にされた理由は。
「あー、そういうこと。」
「体は大丈夫だったのか?」
「ああ、相変わらず。」
 そう言うと濡れた髪を垂らしながら、何やらを鞄から出した。
「コレ、あげるよ。」
 出てきたのは秀一が秘書に上げた箱と同じ色のもの。大きさが少し違う。
 俺が慣れない手つきで(何せ、今まで「プレゼント」を貰った事がなかった)箱を開けると、中からネックレスが現れた。その中央には牛の角をモチーフとした飾りが。
「これは…?」
「だから、マグナギガに。」
「…良いのか?」
「うん。」
 秀一は俺の手からネックレスを取ると、俺の後ろへと回った。慣れた手つきでネックレスを俺に付ける。
「…はい。」
 俺をまじまじと見つめる秀一。
「似合うじゃん。買ってきて良かったー。」
 また満足した顔。
「有難う。」
 俺の言葉に、秀一の満足げな顔は更に華やいだ。

 それからライダーの戦いの度に、俺はそれをつけてミラーワールドへと向かった。
 周りのモンスターからとやかく色々と言われたのは言うまでもない。




+――――――――――――――――――――+

最後はこんなオチかよ自分ー!!!(何)
嗚呼…私にはレイファのような話を書くのは無理無理です…;;
頑張ってもコレー。
…嗚呼、アレなのにな私……(´ω`)

先生がマグナギガ替え玉に使っても吾郎ちゃんにはバレバレー♪
だって吾郎ちゃんには先生捜索電波を常時出しているからね☆(壊)
戻ってこーい自分!!!


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