はらはらと、小雪が舞う日。
テレビからは「恋人達が愛を誓う日」と明るい曲とともに流れていた。



+++愛の日といつもの人+++



ガチャリ、と音がして俺はテレビのスイッチを切った。
開いたドアから入ってきたのは大きな紙袋を抱えた先生だった。
「あーもーやんなっちゃうよ。雪だよ雪。」
「先生、お帰りなさいませ。」
「あぁゴローちゃん、これ捨てといて。」
はい、と押し付けられた紙袋を覗き込む。
そこには大量のチョコレート。
顔もいい、収入もいい、というステータスの高い先生はかなりモテる。
それは、仕方のないことだが。
「いいんですか…?」
「いいのいいの。そんな安い奴で俺のご機嫌を取ろうっつうのが間違いなんだよな。」
先生の着ていたコートを受け取り、入り口の所に掛けておく。
「少し椅子に座って待ってて下さい。今料理持って来るんで。」
紙袋を持ちキッチンへと入る。
この大量のチョコレートはどうしようかと紙袋を見て悩んだ。
『チョコレートには人を優しくする成分が入っている。』
先程のテレビで言っていたことを思い出し、ふっと笑った。
「浅倉にでも…やるか。」
無駄な抵抗だろうが、今よりは少しでもマシになって欲しい。
紙袋を冷蔵庫に入れると料理を持って先生のところへ戻った。


「うっわー。今日はいつもより豪華なんじゃない?」
「はい、少しだけですが。」
いつもの食事でも、豪華というものの方に分類されるのだけれど。
今日はいつもに増して腕を振るって料理したのだ。
「ね、乾杯しよ、乾杯。」

グラスに注がれた琥珀色の液体を揺らしながら先生がウインクする。
俺もグラスを持ち、そっとグラスとグラスを合わせた。

しかし次の瞬間、聞こえてきたのは心地よい音ではなく、ドスンという鈍い音だった。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
お互い固まって顔を見合わせた後、音のするほうを向く。
またドスンと音がして、視界に移るドアが軋んだ。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「・・・俺・・様子見てきます・・・。」
「・・・お願い・・ゴローちゃん。」
そっとドアを開けるとそこには金色の獣・・・ではなく、
この寒い中、いつもの蛇皮ジャケットだけの浅倉威が立っていた。
思わず、ため息が出る。
「・・・何か喰わせろ。」
「またですか?」
「無理だよゴローちゃん。戦いと飯以外、浅倉が何を求めるって言うのさ。」
「でも先生・・。」
浅倉は俺を手で押しやるとフラフラとテーブルへ近づいていった。
「いいじゃない。今日、バレンタインって事で。」
「飯。」
はぁ、とため息をついた。
ため息をつくと幸せが逃げるというが、そうも言ってられない。
椅子を持って来て浅倉のところに置いてやる。
何でこんな事になってしまったのだろう。
料理を見て目を輝かせている浅倉を見て、またため息をついた。
「んじゃ、気を取り直して乾杯―。」
キンと三つのグラスが重なった。


がつがつがつがつがつがつがつがつがつがつ
俺も先生も浅倉を見て固まった。
普通なら、何人分もあるこの料理。
空になった皿がまたガシャンと重ねられる。
「・・・よく食うね。」
「・・・食べますね。」
四度目のため息をつき、近くにあった料理をフォークで取る。
その時、浅倉がこっちを向きカパッと口を開いた。
「・・・。」
「・・・。」
「・・・あ。」
「・・・食べたいんですか?」
「あ。」
浅倉がこくりと口を開けたまま首を縦に振る。
「・・・。」
「・・・。」
「・・・食べさせて欲しいんですか?」
「あ。」
またこくりと頷く。
五度目。
意を決してそっと浅倉の口まで運んでやると勢いよく喰らいつく。
何でこんな事になってしまったのだろう。
頭の中で延々と同じ疑問が繰り返される。
「あああああああああああ!!!!!!」
突然先生が俺と浅倉を交互に指差した。
「せ・・・先生?」
「ずるいずるい浅倉ばっかり!!俺にもー!!」
そういうと先生は身を乗り出して口を開けた。
「・・・・っ!?」
本当に、今日はなんという日なのだろう。
黙って先生の口まで料理を運んだ。
「ん、おいしい♪」
満面の笑みを浮かべて先生は椅子に座り直した。
気を取り直して別の料理に手をつけた瞬間、
・・・口を開けて何かを待っている、二人の姿があった。



ザァと心地よい水の音がキッチンから流れる。
用を無くした空の皿を水ですすぐ。
先生も仕事を再開し、浅倉も自分の寝床へ帰ったらしい。
もちろん、あのチョコレートとともに。
  『帰るんですか?』
  『ん。』
  『これ、よかったら喰って下さい。』
  『・・・お前。』
あのときの浅倉の表情は、思い出すだけでも笑みが零れた。
一通り洗い終わって食器を重ねた時、椅子の上に何か置いてあるのに気がついた。
濡れた手をエプロンで拭い、椅子の上の物を手に取る。
 【 St.Valentine day 】
そうプレゼントの箱に見覚えのある字が書いてあった。
そして、【 ゴローちゃんへ 】とも。
「先生ぇ・・・。」
思わず、顔がほころんだ。
湧き上がってくる嬉しさに、目眩がしそうだった。
そして、もう一つ。
「・・・トカゲ?」
真っ黒に焦げたトカゲが木の枝に刺さって置いてあった。
すぐに、差出人が分かった。
「・・浅倉・・・・。」
彼なりの感謝の気持ちの表れなのだろう。
箱とトカゲを優しく抱きしめた。
「ありがとう…ございます…。」
いつもの二人からのプレゼント。
それが何より嬉しくて。
バレンタインもいい日である、と思った。


窓の外では、まだ小雪が舞っていた。




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バレンタインデーはもう終わってしまいましたが。
ようは愛です、愛(何)

 
 
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