目の前の景色が万華鏡の様に折り重なる。次の瞬間、顔面に強風を叩き付けられた感覚がし、気付いたら俺は廃れた工場の真ん中に立っていた。後ろを振り返ると沢山のがらくたの中に、月光に照らされて輝きを見せる鏡があった。
俺は空を見上げた。高く、破れたトタン屋根の間から、このまま落ちてくるのではと思わせる程の巨大な月が此方を見下ろしていた。
今宵は良い月が出ている。


+++月と蛇+++


「威。」
工場の外に、錆びたパイプ椅子に座って月を見つめる威を見つけた。
「月か?」
当の本人は俺を無視して月から目を離さない。その目は月光を受けて輝いて見えた。また、それは泣いている様にも。
「威?」
もう一度その名を呼んだ。すると、威はだるそうに此方を向いた。
「何だ…?」
「…いや、何でもない。」
威のいつもの表情にほっとした。
此処に来たのは、ただ月に誘われただけ。勿論向こうの世界にも「月」というものはある。しかし俺がいつも鏡越しに見る、向こうにはない神秘的で無表情な月を、あの冷たい様な暖かい様なあの光を、実際に肌で感じてみたかったのだ。
「此処の月は向こうのとは違う。」
思わず口から零れた。それに対して威は意外だと言いたげな顔をする。
「本当なのか?ベノ。」
「嗚呼、多分な。俺の目がおかしいのかもしれないが。」
しかし、確かに何か違う気がする。
「…見に行くか?」
「いい…」
威はまた目線を空へと向けた。俺もそれに合わせて月を見上げる。
月光は白く、絶え間無く地上へと流れる。目がそれに慣れてくると、月に浮かぶ影がぼんやりと見えてきた。それはすぐだったのか、随分時間が経ってからなのかは覚えていない。
夜風が頬を撫でる。体の中を鉄の様な寒さが染みとおってくる。俺は思わず身震いした。俺はともかく、威は寒くないのかとぼんやりと考えた。それで、ふと隣を見た。
威は目を逸らさずに、ただ月だけを見つめる。いつもは戦いの中に快感を覚える男なのに、こんな一面もあるんだと思った。月光は威にもさらさらと注ぐ。その姿は儚く、綺麗だった。
「…威。」
思わず名前を呼ぶ。威が「生きている」という事実が一瞬信じられなくて。
「……」
威は答えない。威の意識は月に吸い込まれているのか。
「威。」
もう一度呼ぶ。
「…煩い。」
苛立つ様に威が答えた。
嗚呼、威は此処に居る。
威はまだ「生きている」。
安心したと同時に、もうすぐ時間が来る事を悟った。
「そろそろ戻る。」
返事はない。俺は黙って羽織っていた肩布を威の背中にそっと掛けた。これで少しは寒さを遮る事ができるだろう。
その場を去ろうとして後ろを向いた瞬間、背後から威の声がした。
「これが最後の月かもしれないな…」
その越えは哀しげで、もしかすると少し曇っていたかもしれない。
はっとして振り返った。しかし威は月だけを視界に入れている。
「威…?」
「早く行け、ベノ。」
俺は何かもやもやとしたものを心に宿しつつ、先程の鏡へと向かった。
鏡へと身を埋める瞬間、もう一度威を見た。威はまだ月を見ていた。もしかすると、一晩中そうする気なのかもしれない。
「明日な、威。」
その背中に向かって俺は心のもやもやを吹き飛ばすかの様に、また自分にも威にも言い聞かせる様に叫んだ。威はそれに対して力弱く手を振って答えた。
(明日、明日だ。)
まさかその日が全ての終幕になるとは、誰が考えただろうか。
いや、少なくとも威は分かっていたのかもしれない。


次の日の夜。
月は、知らん顔で残された錆びたパイプ椅子を煌々と照らしていた。


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ベノさん小説。
浅倉さんは月のイメージです。
一応1月18日深夜の話ですが……分かりにくいぞ自分!!!
本当はもっと前にできていたのに何故かお蔵入りしていました。不本意な。

…「へびかに」には負けるな……


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