あの日は、確か晴れていたはずだった。 でもこの目は、霞んだ空しか映さなかった。 +++遺言+++ もう残り少ないと 自分でも分かっていた。 ぽっと墨を水面に落としたように 口の中に広がる紅い味。 喉を、舌を、歯を、唇を、 全てを真紅に染めていく。 こんな事にさえ慣れてしまった自分が、虚しい。 少しずつ、でも確実に、 黒い影はこの体を蝕んでいる。 それを知っていながら、何もないように取り繕うのにも慣れた。 本当は自分でも分かっている。 生きる事に物凄い執念を燃やしている事を。 それはもう、醜く、見苦しい位に。 でも、只の悪足掻きにしか過ぎない事も知っている。 虚しい。 ねえ。 最期の我儘を聞いて。 この体は使い物にならない。 自分の意思とは、もう繋がっていない。 手を挙げようとして、その手が震えている事が分かった。 震えているような感覚はなかったのに。 大きなソファーに預けた体は、悲しいほど脆い。 震える手を君へと伸ばす。 もう歩けないのかな、と こんな時にくだらない事を考えてしまった。 ねえ。 最期の我儘を聞いて。 伸ばした手は、君の手に包まれた。 君の体温が、この手に流れてくる。 自分の、おそらくあと長くも続かないだろう、鼓動が聞こえる。 鼓動って、こんなにも大きいものだったっけ。 …怖い。 ねえ。 最期の我儘を聞いて。 「“最期”だなんて…言わないで下さいよ…」 霞んでいく視界の中、君の顔がくしゃくしゃになるのが分かる。 ねえ。 お願いだから、悲しい顔をしないでよ。 最期なんだから、もっと笑顔とか見せてよ。 せっかく今まで生きてきたんだからさ。 君が精一杯笑顔を作ろうとしている。 それだけで、嬉しい。 ねえ。 きっともうすぐ「俺」はいなくなる。 この世から、この場所から。 鏡の中からさえ消えてしまう。 でも、泣かないで。 追ってこないで。 君は、生きなくてはいけない。 俺ができなかった事を 君がやらなくちゃいけないんだ。 君が何か言っているのが分かる。 ごめん…もう耳を使えなくなってきているみたいなんだ。 ねえ。 君が「居る」。 それがあれば、それだけでいい。 いいけど。 君から落ちた雫が、自分の手に当たる。 ぽつん。感覚がある。 笑顔見せてくれてないじゃない。 霞んだ目の前ではあまり関係ないけど。 でも良かった。まだ辛うじて感覚がある。 でもね。 でもね。 俺を、忘れないで。 「忘れませんよ…」 俺の手を額に当てて、呟く君。 大丈夫。少しだけだけど、聞こえるよ。 その言葉に笑顔がこぼれる。 良かった… きっと俺が逝ってしまったら、 君は此処から去っていくだろう。 たとえ蟲惑的な紫の蛇が君の耳元で囁いても 俺が「居た」事を忘れないで。 お願いだから。 君の手をぎゅっと握る。つもり。 それに気付いて、君も握り返す。 … そろそろなのかな…? 今度こそ意識が曖昧になってきた。 体に重力がかかってないみたいだ。 最期の笑顔だ。 顔の筋肉が動く限りに、顔を緩ませた。 「今まで…本当に…」 ありがとう。 瞼が、重い。 とても、眩しい。 目を閉じた。 … 真冬の晴れ渡った天気のこの日。 仮面ライダーゾルダ=北岡修一は息を引き取った。 看取ったのは、その秘書・由良吾郎のみだった。 彼は、全てを見た後に、握っていた手をその胸の前で組ませ、一輪の薔薇を持たせた。 「やっぱり…先生は薔薇が似合う…」 そう呟いて、吾郎は緑色のカードデッキを手に取った。 「先生、俺にも我儘を言わせて下さい。」 そのカードデッキを、ジャケットのポケットに入れる。 「やっぱり、“後始末”をやるのは、秘書の役目だと思うんです。」 最期に、北岡の頬に手を遣る。まだ少し暖かい。 「先生…行ってきます。」 吾郎はジャケットを翻して、玄関のドアを閉めた。 残ったのは、北岡の亡骸のみだった。 ―終― †―――――――――――――――――――――――――――† ぎゃああ。 なんか今回もレイファと被ってしまったなぁ; うーん、このテーマについての話って、皆さんが書いていらっしゃいますよね。 私はこんな解釈です。はい。 文の上手い下手は二の次で(ぉぃ) |
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