銃を落とす 私ヲ哂エ まだ逃げ続ける 俺ヲ哂エ |
++++Another childhood+++ |
「須藤ッ!」 署内で同僚に大声で呼ばれ、私ははっとして振り返った。 「今管轄内で傷害事件発生だとさ!被疑者はまだ未成年だそうだ!」 最近此処でも青少年の犯罪は増加する一方だ。自然と溜息が零れる。 「応援要請が来た、行くぞ!」 同僚は荒々しくコートを身に纏った。 「…はい。」 私もすぐに掛けてあったコートに手を伸ばした。 |
嫌な夢を見た。 此処の所、連続して同じ夢を見る。 額に手を当てると、汗でぐっしょりと濡れているのが分かった。ソファの方を見ると、既に雅史はいなかった。 「遅いぞ、威。」 ベノが鏡から顔を出す。 「もうお昼近いってのに。須藤雅史はもう出て行ったぞ。」 「…ああ。」 「煩い」の言葉を飲み込む。これを吐いて更に苛々するつもりはない。 俺はベッドから起き上がると、そのまま汗を流す為に風呂場へと向かった。 |
現場へつくと、状況が悪化しているのが一目で分かった。 17〜18歳位の少年が右手にナイフを握り締めている。右腕には、まだ幼い少女を抱え、刃先を少女に向けていた。 「来るな……来たら………!」 少年は右手に力を入れる。少女は怯えきった顔で警官を見つめていた。 「少年、大人しく人質を解放しなさい。」 「黙れ!」 私は警官隊の後ろからその様子を見ていた。そして、次第に苛立ちが募っていくのを感じた。少年が憎いのではなく、少女が可哀想だと思ったのでもない。理由も分からず、ただ胸焼けがするような苛立ちが心を包み込んでいった。 「ちょっと良いですか?」 そう呟くと、私は警官隊の波を掻き分けて行った。 |
風呂場から上がると、目の前の鏡に己の姿が映った。鏡の向こうの俺は相変わらず不服そうな顔をしている。その剥き出しの肩には、見たくもないものがしっかりとその存在を示していた。 火傷の跡。 それを指でなぞる。他の肌とは違い、凸凹とした感触が更に苛立たせた。 「胸くそ悪い…」 俺はそのまま鏡を背にした。鏡一面に、くっきりと残った火傷の後が広がっていた。 |
次の瞬間、私は拳銃を構えて少年の前にいた。 「人質を解放しなさい。」 「嫌だ。」 「でないと撃ちます。」 「この距離じゃ人質も犠牲になる…!」 少年が余裕を持った声で言う。 「大丈夫です。あなたの頭だけを綺麗に撃ち抜きますから。」 私も少年と同じように答えると、少年は顔を少し強張らせた。 「人質とったのなら何か要求があるでしょう。何です?」 少年はかなり興奮しているようだ。下手に刺激はできない。でも、だからといってそのままにしておく訳にもいかない。 「俺を逃がせばそれで良い。」 「残念ながら、それは無理みたいですよ?」 それを聞くや否や、少年は逆上したように両手に力を込めた。少女は首を絞められる格好になり、苦しさに顔を歪めている。とりあえず刺激を与えようとしてあんな事を言ってみたのだが、それが悔やまれる。今思うと馬鹿げた行動だった。私は拳銃を持つ手に力を入れた。 少年は荒々しく声を上げる。 「何故俺に構う!」 「何故って、貴方がこんな風にしたのでしょう!」 「煩い、もう散々なんだよ!」 大声が辺りに響く。 「俺の周りの奴等は、みな俺を色眼鏡で見やがる!誰も心の中を汲み取ってはくれない!…アンタには、俺の事が分かるのか?誰も俺の中にはいないんだ!誰も俺の事を分かろうともしない!」 『雅史、おいで。』 「……」 『おいで、雅史。どうしたの?』 「…僕の事、本当に分かっているの?」 『え?…当たり前じゃない。』 「嘘だよ……助けてくれなかったくせに。」 『雅史…何を言っているの?』 「僕の事なんか全然分かってくれないくせに!」 『雅史、雅史!』 ああ、そうだ。 「…そうですよ。誰も自分の事なんか分かっちゃいない。」 少年の、その強がりが、その声が、その姿が、その全てが、幼い頃の私と重なって見えた。 「分かっちゃいないんです…」 私は呟きながら、その場に座り込んでしまった。拳銃が手を離れ、鈍い音と共に目の前に落ちた。 「分からない…」 まるで呻くように言うと、遠くで少年が私と同じ様に座り込むのが見えた。 |
暫く経っても、苛立ちは治まらなかった。寧ろ募るばかりだ。 夢の中の出来事が、頭から離れない。 「威、機嫌悪いな。」 ベノに横から言われて余計に腹が立ち、憎しみの篭った目で睨みつけた。ベノは避けるように横を見る。 「…ああ、そう言えばさっきボルに聞いたんだが……」 そこまででベノの言葉は途切れた。部屋中にあの音が響き渡ったからだ。普段以上に心が躍る。これでイライラが治まるかもしれない、いつものように。 「行くぞ、ベノ。」 俺は笑みを浮かべて、鏡へと向かった。 目の前には、沢山のシア・ゴースト。 俺はシア・ゴーストの群れに突っ込んでいく。己の剣に全ての感情を込め振り上げると、奴等は粉々に散っていった。 「荒れてるな。」 ベノは俺の横で次々とシア・ゴーストを倒して、そのエネルギー体を吸う。 「もっと、もっとだ!」 鉄の仮面越しに叫ぶ俺に、あの夢がフラッシュバックしてきた。 目の前には、忌まわしい記憶。 広い屋敷と、家族。 『暁は偉いわね、いつも優秀で。』 弟の頭を撫でる母親。 『ああ、自慢の息子だ。』 言葉は弟へだが、横目で俺を見つめる父親。 『それに引き換え… 威はどうして言う事を聞かないの?』 『いつまでも母さんに我儘を言うな。』 『ああ、本当に暁は可愛いわ。 お利口で、何でもできて。』 『しかし同じ兄弟なのに、 威は何もできない。』 『威も暁みたいになってくれたら良いのに。』 小さい俺をせせら笑う、オトナ。 「…どうして、暁ばかり見るの?」 小さい俺の声は、届く筈がなく。 俺はまだあの日々から逃げるのか? 別に両親のせいで俺がこうなったとは言いたくない。ただ、俺は両親の影から逃げ続けている。奴等と同じ「オトナ」になっても。いつ罵声と嫌味が襲ってくるか分からないあの日を、拒むばかりだ。 いつ、受け入れる事ができるのだろうか。 受け入れる事はできるのだろうか。 俺は声を上げてシア・ゴーストに斬り込んでいった。 |
私と少年との間に長い沈黙が流れる。少年はまだナイフと人質を放していないので、後ろの警官も無闇に動く事ができない。 「…あのさ。」 少年が沈黙を破った。 「誰も俺の事が分からなければ、どうしたら良いの?」 私はゆっくりと顔を上げた。 「諦めるしか、ないんです。」 私の言葉に、少年は驚いたような目でこちらを見た。 「諦めて、そして全てが変わった時に…」 少年の目を見据えた。 「貴方を見てくれる人が現れます。」 少年はゆっくりと立ち上がると、ナイフと人質を解放した。人質だった少女はすぐに保護され、警官隊が一気に少年へと走り寄った。 ふと少年がこちらを見る。その口は言葉を作るかのようにゆっくりと動いた。 “す く わ れ た か も し れ な い” 私はただぼんやりと、座り込んでいた。 |
シア・ゴーストは尽きずに目の前に現れてくる。傍から見れば劣勢かもしれないが、今の俺にとっては寧ろ有難い。 手にした剣には確かな感触。しかしそれと同時に、次々と身体に痛みが走る。 「大丈夫か、威?」 横からベノが呼ぶ。奴の無尽蔵にも近い体力を、少し妬む。 「……」 ベノの言葉には答えずに、ゆっくりとデッキからカードを取り出す。 俺はあの時の幻影を切り裂くかのように、走り出した。 |
「須藤、お疲れ様。」 同僚が私の方をぽん、と叩いた。 「まさかお前が進んで説得に向かうとはな。」 「え、ええ…」 まさか「自分と似ていた」と言える筈もなく、私は雑踏の中を囲まれて歩く少年を見ていた。少年は私の目に気付くと、横の警官に話し掛けた。警官は眉をしかめる。 少年がこちらに向かってくる。私の目の前に立つと、顔を見て言った。 「待っていれば、来ますか?」 私は相変わらず無表情で答える。 「待っていれば、来ます。」 少年は少し考え込んだ。 「じゃあ…刑事さんには来ましたか?」 意外な質問に私はきょとんとする。しかしすぐに表情を戻した。 「…ええ。」 あ、今微笑んでるな私、とぼんやり考えながら言うと、少年は黙って一礼をした。そのままパトカーに乗せられて走り去るのを私はじっと見送った。 |
9分55秒。 「…ッはぁっ!」 体が粒子化を始め、俺は転がるように鏡の外へと飛び出した。その背後からベノが出てくる。 「大丈夫か?」 少し無理をしたか。体の節々が痛い。 俺は冷たい床の上で小さく呻いた。 「ああ、そういえばさっきの話だが…」 この様子とは明らかに不釣合いなあっけらかんとした口調で、突然ベノが話し始めた。 「須藤雅史が、無茶をしたそうだ。」 それを聞いた瞬間俺はばっと起き上がった。しかしすぐに体が悲鳴を上げ、また床へと突っ伏す結果となった。 「…続き、聞きたいか?」 ベノがニヤニヤしながら顔を覗き込むのを、忌々しく睨み上げる。 「須藤雅史は無傷。それに……自分を分かってくれる人を見つけたってさ。」 その言葉を黙って受け取る。 「…それは誰だ?」 「さあ、誰だろうな。」 分かってるくせに、と笑うベノを視界の端で捕らえながら、俺は眠りについた。 |
家路についたのは0時を過ぎた後だった。 少年の説得に当たったが為に私も事情聴取を受けられたり、資料を作ったりしていたので、気付いたらこんな時間になってしまった。 銃を落とした時によく暴発しなかったものだ、と考えながらハンドルを回す。そういえばまだ夕飯も食べていない。 家に着きドアを開ける。鍵はかかっていないようだ。無用心だとぼやきながら中に入った。 入ってまず目に入ったのは、足。ぎょっとして見回すと、浅倉がうつ伏せに倒れていた。よく見ると体中傷だらけだ。慌ててその元へ歩み寄る。 「浅倉ッ?!」 「…何だ。」 帰ってきた声は寝惚けたようなもので、私は呆気にとられた。 「もう、こんな時間か…」 浅倉はゆっくりと起き上がると、大きく伸びをした。それを見て溜息をつくと、私は着替える為に別の部屋へと向かった。 |
どうやら雅史も夕飯を喰っていなかったらしい。雅史が作った飯をお互いに向かい合って無言でかき込む。 ふと、気になった事があったので聞いてみた。 「…なあ。」 「何です?」 「『自分を分かってくれる人』って誰だ?」 雅史は思わずむせて、涙目になって苦しんでいた。 「な…何故それを……」 「ボルとベノからだ。」 雅史は鏡を睨み付ける。2つの気配がそれと同時に消えた。 「…で、誰なんだ?」 「誰って…別に良いでしょう…」 「良くないから聞いているんだ。」 「…分かってるくせに。」 「ベノからもそれ言われた。」 「…分かってないんですか?本当に?」 俺の言葉に雅史は目を丸くする。 『貴方なら、もっと自惚れているかと思った…』 雅史が何かを呟いていたが、俺には聞き取る事ができなかった。 「言わなかったら…実力行使だ。」 「実力行使?」 「…今夜は大変な事になるかもな。」 今度はこちらを睨み付けるのを、俺は笑いながら見ていた。やがて雅史は諦めたような溜息を1つつくと、横を向いた。 「…貴方かも。」 「え?」 「浅倉威!貴方かもしれないって…!」 俺は唖然として雅史を見つめた。 「…俺か?」 「何度も聞かないで下さい…!」 雅史は恥ずかしさから顔を真っ赤にしている。俺は思わず笑い出した。 「ははっ…可愛いな。」 恥ずかしがる雅史をからかいつつ、思った。 …雅史なら、少しは影を消してくれるかもしれない。 「嬉しいな。」 もしかしたら雅史も似たような事を思っているのかもしれない、と自惚れながら紅色が射した雅史の頬を撫でた。 |
桜花版へびかに第2弾。 甘々です。ぎゃあ。 |
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