{あ、雅史ちゃんじゃない。}
「…ちゃん付けはよしてもらえませんか?」
{じゃあ、須藤サン♪}
仕事帰り、会いたくない男に会ってしまった。



+++Worry and contract+++



浅倉よりも高い背。長い足。整った顔つき。
黒いものも白に変えてしまうという有能な弁護士、北岡秀一だ。
無罪を勝ち取る為に裏ではかなりの事をしているらしい。
…そして、何故か私に会いに来る。
「[今を時めくスーパー弁護士]とやらが、私に何の用です?
 それとも、ついにお縄を頂戴に来たのですか?」
{残念ながらしばらく、その予定は無いですよ。今日はあなたに会いに来たんです。}
「私は忙しい、と何度言ったらわかるんですか?」
{嘘はいけませんよ、須藤サン。ついにこの前の強殺片付いたんでしょ?
 ってことは、これから空いてますよね。}
「…。」
図星だった。
この男の情報力はかなり高い。
腕の時計を見るとまだ11時だった。
しかし、浅倉たちには午前中に帰る、と言ってある。



…いつものように、遅くなると思っているだろう。
{で、何処に行きます?}
「…代金は、貴方持ちですよ。」




『暇だ。』
[…遅いな雅史。]
【いつものように、夜になるんじゃねーの?】
…イライラする。
何故だ…アイツが居ないと…イラつく…。
ベノスネーカー達の声を聞くのにもイライラして俺は目を閉じた。




店から出て、私達は近くの公園に来ていた。
{どう?結構美味しかったでしょう?}
「まあまあですね。」
{素直じゃないなぁ。そういう言葉じゃなくてもっと砕けた感じで言いなよ、俺みたいに。}
「あなたは砕け過ぎです。」
なんだよ、と苦笑しながら北岡は背伸びした。
{…それで、浅倉威とは上手くやってるわけ?}
私の手に持ったコートがずり落ちる。
「…何故」
{何故知っているのかって聞きたいんでしょ?}
不敵な笑みを浮かべて北岡は内ポケットから緑色の箱を取り出した。
その箱を見て、私は目を見開いた。
…カードデッキ!?
{ね、分かったでしょ?何もしなくても、神崎士郎が教えてくれるってわけ。}
北岡はデッキを片手で弄んでいる。
私も、コートからデッキを取り出す。
「それで、戦いに来たのですか?」
{違うよ。今日は須藤サンとデートがしたかっただけ。}
私はどう答えて良いか分からずにその場に突っ立っていた。
{ほら、いいからそこのベンチに座りましょう?}
北岡に手を引かれるまま私はベンチへ座った。




[何怒ってるんだ?]
『怒ってねぇ。』
[怒ってるだろ。]
『怒ってねぇって言ってるだろ!!』
さっきからずっとこの調子だ。
明らかにそわそわしている威。
そこまで、須藤雅史の事が気になるのだろうか。
…そんな事聞いたらきっと俺はファイナルベントを喰らうだろう。
[だったら、迎えに行けば?]
『っ…!!』
ボル…そんなことを言ったら…。
『ボルキャンサー…ちょっとこっちに来い。』
[は?]
『…この角は…生えているのか…?』
浅倉の手がボルキャンサーへと伸び…。

ぐい

[イタタタタタタタタタタタ!!!!!!痛い!やめろ!!]
浅倉がボルキャンサーの角を思い切り引っ張っているのだ。
『ハハハッ!!カニにも痛覚があるのか!?』
今晩の飯はボルキャンサーになってしまいそうだ。




本当に素直じゃないんだよなぁ。
隣に座っている須藤を見て悟られないように小さく溜息をついた。

初めて会ったのは刑務所。
ただ何気なくすれ違っただけ。
いつもは刑事なんかに興味はないのに何故か振り返ってしまった。
私服刑事のようで地味な色のコートを着こなしている。
綺麗だな。
第一印象はそれだけだった。
{よかったら一緒にお茶しません?}
女を口説くような台詞だが、それが須藤と初めて交わした言葉だった。

〈北岡…だなァ?〉
突然投げかけられた言葉。
顔を上げるといかにも悪者、って感じの男。
{何か?}
〈何かじゃねぇ!!惚けんな!!
 弁護するって言っておきながら金払われたら突然手のひら返すようにしやがって!!〉
{だって、悪いのはあんたのとこの親分でしょ?}
〈ざけんな!!〉
グッと胸倉をつかまれた。
「ちょっと、やめなさい!!警察です!!」
何、優しいねぇ須藤サンは。
でも、こいつらに手帳出しても無駄だと思うよ。
〈警察ゥ?お前らが元々の元凶なんだよ!!〉
ほら、怒っちゃった。
{須藤サン、逃げるよ!!}
「え!?」
男の体を蹴り上げ須藤の手をとって走る。
確か、真っ直ぐ行けばすぐに出口。車も置いてある。
…しかし、そこまで甘くなかった。
〈往生際が悪いぜ、北岡ァ!!〉
壁のように立ちふさがるさっきの奴の仲間と思われる男達。
{何、男一人捕まえるのに五人がかり?}
〈やっちまえ!!〉
やっちまえって、君達いつの時代の人間よ。
そうしている間に、男達は殴りかかってきた。
吾郎ちゃんから習った(って言っても、見よう見まねだけど。)護身術もどきで男を倒す。
男は須藤にも襲い掛かっていた。
しかし、さすが刑事だけあって次々に男を倒して行く。
俺は何とか車までたどり着いた。
{早く!!}
「はい!!」
須藤は男を背負い投げすると車に乗り込んだ。
俺は思いっきりアクセルを踏んだ。




立ち上がる浅倉。
【…何処へ行くんだ?】
浅倉はぴたりと止まると静かに振り返った。
『…散歩だ。』
そうは見えないが。
【…。】
[…。]
ベノと顔を見合わせる。
【[いってらっしゃい。]】




ガガガガガガガガガガッ!!
鈍い音と振動が身体に伝わる。
まだ追ってくる訳の分からない奴らに車を寄せられたのだ。
「ちょっ…!!平気なんですかっ!?」
言葉さえも、振動に邪魔される。
{多分…!!平気じゃない!!}
次の瞬間、車はまともに縁石に突っ込んだ。
「った…!!」
{いたた…大丈夫、須藤サン?}
「大丈夫に見えるなら…一度眼科に掛かってみて下さい…!」
明らかにもう動かない車から這い出すと、車から降りた男達が私達を取り囲んでいた。
本調子ならこのくらいの人数は何とかできそうだが病み上がりの身体ではどうする事もできない。
〈やれ!!〉
男の声が聞こえたその時だった。
〔先生には指一本触れさせないっス!!〕
北岡と同じくらいの背の男が私達を庇うように立っていた。
{ゴローちゃん!!}
聞いたことがある。北岡に「由良 吾郎」という有能な秘書がいることを。
北岡の表情からきっとこの男が由良なのだろう。
しかし、味方が増えたからといってこちらが不利という状況には変わりなかった。
目の前の男を蹴り飛ばした瞬間、鈍い痛みが私を襲った。




嫌な感じだ。
ベノスネーカー達にイラついて外に出たがイライラが止まることはない。
何で俺はこんなにイライラするのだろう。
俯いていた顔を上げると、目の前に信じられない光景が広がっていた。
『  っ!!』




ゴッという鈍い音。
そして確かに聞こえた須藤の苦しそうな声。
はじかれるようにそちらを見ると、須藤が倒れ込んでいた。
そして、鉄パイプを振り上げる男の姿。
この位置では俺もゴローちゃんも間に合わない。
{須藤サン!!}
その時だった。
『雅史!!』
此処に居る者のではない、誰かの声が響いた。



いつまでも来ることのない衝撃に目を開けると蛇皮のジャケットを着た男が軽々と鉄パイプを受け止めていた。
「え…。」
『何でお前はこうも面倒事に巻き込まれる!!』
そこにいたのは浅倉だった。
浅倉はそのまま男を薙ぎ倒していく。
そして、北岡たちにも襲い掛かろうとした。
吾郎は北岡を庇うように立ちふさがる。
とっさに浅倉を後ろから抱きしめるように押さえる。
「駄目です!!」
そのせいでバランスを崩した浅倉はその場に倒れ込んだ。
北岡も吾郎を宥めるように吾郎の方に手を置く。
{あー大丈夫よ。そいつは須藤サンのダンナ。}
「『は!?』」
私達は共に驚きの声を上げて北岡を見上げる。
{何、じゃあ妻?}
『逆だ!!』
「そういう問題じゃないでしょう!!」
顔が赤くなるのが分かる。
吾郎と目が合い、お互いに溜息をついた。
どうやら北岡との口論は収まったらしい。
『…行くぞ。』
浅倉に腕をつかまれ立たされた。
「え…?」
北岡の方を見ると小さく笑い手を振られた。
{いいよいいよ。こいつらの始末は吾郎ちゃんがしてくれるし。お互いダンナが来ちゃったんだからしょうがないって。}
そういう問題ではない。
抗議をしようと思ったが腕を掴む浅倉の力が強くなり私はそのまま浅倉に走って着いていく羽目になった。




「痛いっ!!放して下さい!!浅倉!!」
どんどん歩き続ける浅倉の腕を叩く。
すると、思いのほかに素直に止まって振り返った。
しかし、手を離してくれようとしない。
『イラついた。』
「は?」
『焼餅というやつだ。』
「なっ!?」
『それはまぁいい。俺の言うことを聞いてくれれば、この手を離してやるよ。』
「え?」
浅倉は可笑しそうに低く笑った。
『俺の事を名前で呼べ。』
「なっ!!」
『「威」だ。俺の名前は。』
「そういう問題では…!!」
掴まれている腕は悲鳴をあげている。
取り敢えず、今は言う通りにするしかない。
「た…威…?」
「これからもそう呼ぶんだぜ?」
しかし、浅倉は手を離そうとはしない。
その上、顎をつかむと自分の方へむかせた。
…そして。
「…!!!」
口に触れる湿った暖かい感触。
目を開けると金色の髪。
これは…
やっと状況を理解できた時、やっと浅倉は私から離れた。
腕も放し、自分の唇をぺろりとなめ上げる。
『お前は俺のものだ。浮気するな。』
顔から火が出る、とはこのことだろう。
「ああああああ浅倉!!」
『浅倉じゃない。』
「たたた威!!」
笑いながら歩いていく浅倉の後を走ってついていった。




【なぁボル、カニはゆでると赤くなるんだよな。】
[…俺はならないぞ。]
【いや、俺じゃなくてあいつだ。】
[でも、アイツは人間だぞ。]
【でもシザースはカニだろ。】
[…まぁ確かに、見事なまでに顔が赤いな。]
【威の顔を見ようともしないな。】
[そうだ。知ってるかベノ?あいつらの事を「ラブラブ」というのだそうだ。]
【何だそれは?】
[いや、マグナギガから聞いた。よく意味は知らん。]
【ふーん。】
[っておい、何故鍋を出すんだ雅史?]
【って威、何で俺たちを捕まえる?】



「今晩は…。」『晩飯は…。』


「『蛇とカニの鍋物です。」だな。』






【[丁重にお断りさせていただきます。]】









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何故か続いてしまったへびかに。
相変わらず須藤サン乙女です。
先生ゴローちゃん置いて浮気です。

桜花に「何でいつも須藤視点なのか?」と突っ込まれたので次回こそは浅倉主役を!!
しかし予定は未定であって決定ではありません。(オイ)


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