主の君はその権力を有意義に振り回し、
僕の君は何の理由もなく主の君に跪く。



+++010:権力+++



今日も良い天気だ。
先生はいつものようにテーブルに着き、俺はいつものようにキッチンに向かっている。
いつもと同じ、いつもの朝。
「先生、今日は暑いですね。」
俺は朝食を運ぶと、にっこりと微笑んで言った。
しかし返ってきた言葉は、疑問に満ちたものだった。
「暑い?寒い位だよ?」

先生は眉をひそめて俺を見た。
「ちょっと、大丈夫吾郎ちゃん?それとも俺がおかしいのか?」
「いえ、そんな事ありません。」
慌てて先生の言葉を否定するが、確かに俺にとっては、今日はとても暑く感じるのだ。体が火照り、頭が朦朧とする。
顔を汗が流れ、思わず頭を押さえる。それを見た先生は険しい顔をした。
「吾郎ちゃん…まさか。」
「先…生……っ」
真っ直ぐ立っていられなくなってきた。まるで足が自分のものでないように力が入らない。踏ん張っているだけで精一杯だ。
「先生…、ちょっと休ませて頂きますね……っ」
「暑い」と思ったのはこのせいか。そのまま自室へと一、二歩歩いた所で、意識がなくなった。

後頭部に硬いものが当たる。それが何かを確認したかったが、目を開くのすら億劫になっている。
手を伸ばし頭の方へと向けると、指に冷たいものが当たった。
「あ、吾郎ちゃん、目覚ました?」
聞き覚えのある声に、やっと目が開いた。
虚ろな目で声がした方向を向くと、そこにはにっこりと笑った先生の顔があった。
「良かったー。いきなり倒れるんだもの。」
「…すみません。」
反射的に謝ると、先生はまた笑った。
「そりゃあさ、俺だってびっくりしたよ。吾郎ちゃんがいきなりバターンって。頑張ってここまで運んできたのよ。」
「…本当に、すみません。」
「そうねぇ…」
先生は何かを考える素振りをした。
「…38度6分。」
「え?」
突然飛び出した言葉に、思わず疑問の声を返す。
「だから、38度6分。」
「それは?」
「もう、まだ分からないの?」
困ったような顔をすると、先生は俺の頭を軽く小突いた。
「吾郎ちゃんの熱。38度6分。」
「…ああ。」
何処か他人事のように答える。
「おかしいよ吾郎ちゃん。こんな熱で無理するなんて。」
「でも、先生の…」
「…まったく。」
先生は困った顔をして立ち上がった。そのままキッチンの方へと向かう。その行動を目で追っていくと、やがて先生は湯気が上る土鍋を持ってきた。
「はいコレ。」
土鍋の蓋が目の前で開けられる。そこには卵とじのおじやがあった。胃をくすぐる匂いが鼻を掠める。しかし空腹を求める胃に対し、身体はそれを拒んでいるようであった。
「これ、先生が…?」
「何言ってるのよ。俺だってこれ位できるんだからね?吾郎ちゃん。」
その行為が嬉しくて、思わず微笑んだ。
「有難うございます、先生。」
「分かったから、早く食べてよね。冷めちゃうし。お腹空いたでしょ?時間が時間だし。」
時間、と言われてふと時計を見た。針はもう12時を過ぎている。
そうだ、とすぐに体中を焦りが駆け巡った。起き上がろうとするが、身体を支える手が震えている。
それを見た先生は俺の肩を押し、無理矢理もとの姿勢へと戻した。
「もう、無理しないでよ。おじやなら俺が食べさせてあげるから。」
「そうじゃなくて、先生の昼食…」
その言葉を聞くと、先生はむっとした表情になった。本当にこの人は俺の前では感情が顔に出やすい。
「ついに頭までやられた?普通この熱じゃ動こうとは思わないね。」
「いや、でも…」
「じゃあちょっと熱測って。」
差し出された体温計を受け取り、熱を測る。ピピ、と音が鳴り取り出してみると、デジタルの数字は「38,1」を表示していた。
「はい、駄目。今日はおとなしくしてなさい。」
「でも先生…」
申し訳なくなってまた上半身を起こす。
「これは命令。」
先生はまた俺の肩を押した。
「たまにはいいじゃない。俺が吾郎ちゃんの世話するのもさ。」
「……」
「それに今日は大きな仕事もないし。後で断りの電話を入れるよ。」
「悪いです…」
「俺は『今をときめくスーパー弁護士』なのよ?この位いつでも埋め合わせできる。」
嬉しさと罪悪感が脳裏をよぎった。
「それにね」
先生は勝ち誇ったような笑みを浮かべて、俺の顔を覗き込んだ。
「たまにはこんなのも良いと思うわけよ。『おとなしくしていなさい』という命令もね。」
「先生」
「こんな権力の使い方も面白いでしょ?」
「有難うございます。」
先生に釣られて俺も笑みを浮かべる。
「よし。じゃあどうぞ召し上がれ。」
そう言うと、先生は蓮華を持ち上げおじやを掬い、俺の口に持っていった。一人で食べられます、と言いそうになるのを慌てて飲み込み、蓮華を口へと招く。
おじやはとても熱く思わずこぼしそうになったが、柔らかい味が口一杯に広がると嬉しさが込み上げた。
「今日はおとなしく寝ていなさい。」
「今日はおとなしく寝ています。」
俺達はお互い顔を合わせ、笑った。


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うわーほのぼの甘ー。
私に合わないー。
私は39度の熱を出しながらもカツサンドが食べたいと言い、実際食べた奴です。



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